
(118号)
ヘラ・スパイス・ジャパン株式会社
茨城県守谷市松ヶ丘1−4−1
メール配信ご希望の方お申し付けください hela@helajapan.com
ヘンデルマイヤー チューブマスタードに新商品加わりました
商品名バイエルンマスタード中辛(黄色)と スイート(赤)のミックス チューブの色は緑 粗挽きで甘さ控えめです 5月末から出荷可能 赤・緑・黄の3色で大変きれいです 100gx16本/c ご注文お待ちしています
6月 さわやかな初夏の山菜〜熊のように強くなる野草〜
Baerlauchベールラオフが野山にひっそりと出始めます


ベールラオフ(Baerlauch)は ヨーロッパ全土から アジア北部の山間部に自生する野草で雪解けと同時に芽を出し6月末に20〜50cmの高さに成長し 若葉が香りが高くやわらかいのでこの時期の葉っぱを採取して調理に使用します 北海道で取れる行者ニンニクも同じ仲間です
生のまま ステーキの上にトッピングしたり すりつぶしてバターと混ぜて ハーブバターにしたりと 使い勝手がたくさんある野草です
もちろん ソーセージにも 特に焼きソーセージにはピッタリの味です
新シリーズ:スパイス辞典
その1
B: Baerlauch ベールラオフ
産地:ヨーロッパ、北部アジアに自生し6月末に 20〜50cmに伸び 収穫するハーブ
北海道など日本でも寒冷地を好んで自生する
味:ニンニクのような香りがあり それよりももっとやさしい香り高いハーブで肉料理に特に合う
硫黄化合物、マグネシウム、マンガン、鉄分を多く含み 滋養強壮に強みを発揮する
語源:ベールラオフ(ドイツ語)の語源は 古いドイツの言われから来ており 熊(Baer)が 長い冬眠から覚めて 野山に山菜の芽が出てきたころ 精力を早く回復するために 好んでこの草の新芽を食べたことに由来する 熊のように強くなれるネギ(lauch)という意味
効能:摂取すると 体の老廃物を取り除き滋養強壮に効果がある 最近の調査では 硫黄化合物が悪いバクテリアを体外に排出させ、血小板が凝結するのを阻止し 血液をサラサラにする効果が高い

(行者ニンニクウインナー)
Barlauch Bratwurstベールラオフ入り焼きソーセージ
こおばしい行者ニンニク(ベールラオフ)がたっぷり入ったヘルシーな焼ソーセージ〜
こんがり焼いてお召し上がりください
原料 豚三枚肉 50% 10mmプレート
豚赤身 20% 3mmプレート
豚ネック 20% 〃 添加物(g/kg)
氷 10% 塩(発色剤含む) 16g
計100% チューリンガーブラートヴルストスパイス 5g 商品コード:275204
ヘラビンウルチマル 5g 商品コード:110 973
ヘグルタールM 1g 商品コード:110 507
注目のハーブ: ベールラオフハーブ 4g 商品コード:300 165(乾燥フレーク1kg袋
作業手順
1:豚赤身肉をカッターに入れ、4℃までカッティング。
2:続いて添加物(ベールラオフを除く)を加えて、氷1/2を入れ、さらにカッティングする。
3:生地温度が4℃ぐらいでネックを加え、10℃までカッテイング。
4:残りの氷を加え 12℃までカッテイングする
5:ベールラオフハーブを加えて低速で3〜4回転して、三枚肉の粗挽きを加えさらに3回転。
6:羊腸24/26に充填して乾燥、燻煙、ボイル・冷却する。

第2回Black Boxブラックボックス
若手シェフ料理コンテスト日本大会 結果発表
5月8〜9日に 東京全日空ホテルにて 若手シェフの腕試し 黒い箱の中身を開けてその材料を使って 前菜、メイン、デザートを作り 腕前を競う大会が行われました
世界中に広がっているこのイベントは 2000年のシンガポール大会に始まりアジア、オセアニアの各国で開催 オーストラリアがメインスポンサーとして素材を提供して 若者の世界へと羽ばたくチャンスを作る行事となっています 主催は 世界司厨士協会、日本大会は日本司厨士協会
〜スポンサーはMLA オージービーフ,マカデミアナッツ、ヘラスパイス他
2002年3月の京都宝ヶ池プリンスホテルでの日本最初の大会から3年後、今回は東京 全日空ホテルで開催されました 今年はこの後仙台など東北地区でも開催されます
前回は3人1組で8チームでしたが 今回からは 2名1組(お菓子の部門が足りなければ3名でも可能)で、全日空ホテルグループの札幌から 金沢、成田、東京、広島、沖縄、石垣リゾートまで 全国から選抜8チームが参加しました 今回の箱の中には 牛ランプ肉(MLA提供)、キングサーモン、キングクラブ、貝(ノルウエー大使館NORGE提供)JAから新鮮なアスパラ、トマト、絹さやなど新鮮な野菜、スパイス、シーズニングなど(ヘラスパイス提供)
箱の中身は、量は別として全てを使用しなければなりません その他の一般的な牛乳、バター、調味料は別途利用できます
ヘラスパイスの提供した製品は
グリーンペッパー フリーズドライ缶 チキンブイヨンペースト
ゼラチンE(コンソメ味のゼリー粉末) アルゲンテイニア(牛肉専用シーズニング)
8日の夜は 午後4時開会式と 箱を開けて1時間でメニューの提出(英語でタイトル)6時から10時までの2時間で下ごしらえまでをホテルの厨房を借りて準備
9日朝8時から10時まで調理時間、10時から別室で審査員による試食と採点
最初に 前菜と デザートが審査に入り 最後11時過ぎからメインを提出 なぜなら メインは 出来立ての温かいものを試食しなければ意味がないからです
主だった審査員はオーストラリアから審査委員長アラン・パーマー氏、北京からアメリカ人シェフ ウイリアム・ボルトン氏、その他 日本司厨士協会、ヒルトンホテルのアップグレードしたコンラッド東京(汐留に6月オープン予定)からフレデイー・シュミット氏、その他立会人として東京全日空ホテル洋食総料理長・横田知義氏、全日空ホテルズ 沖縄地区洋食総料理長・ローラン・ジャン・マリー氏
12時半からは招待客の前に配膳
おいしいワインとともに160名の招待客が料理を堪能した後 審査結果の発表!!!
今回の優勝者は 広島全日空ホテルのチーム なんと 女性が チャレンジ!!!
「3品ともパーフェクトなチームはなかったが 広島のチームが女性ならではの きめ細やかな心配りが メインの肉料理に現れていて 食べる人に温かみが伝わるメニュー構成だった」とアラン・パーマー氏の弁



優勝者の料理3品:前菜 海の幸のゼリー寄せ ヨーグルトソース
メイン:ランプ肉の赤ワイン煮と香草パン粉焼き ニョッキを添えて
ドーム仕立ての苺のムース コンポート添え
MLA日本代表 サマンサ ジャミンソン氏より表彰を受ける広島全日空チーム([今までがんばってきて良かったです]と涙ぐむ優勝者)
9月始めのオーストラリア・ケアンズでの世界大会への切符を手にしました 健闘を祈ります!!
ホルガー日記 Holgers Tagebuch その11 ![]()
ドイツのゲゼレから見た日本のマーケット見聞記
2005年5月12日 成績手帳と送別会
いよいよ 明日の朝の便で ソウル経由でドイツへ帰ります インターネットで一番安い往復切符を買ってあります
でも切符は 空港でもらうのです 日本語でしか案内がないのでシェフィンについていってもらわないと 切符をもらえないかも・・・と不安です
親方から 今日、仕事の経験を記帳していくノートにサインをもらいました
ドイツでは これまで働いた店や会社で 就労期間と仕事内容、就労態度などを書いてもらわないと次へ行けないのです これはちゃんと写真つきで パスポートの次に大切な、大切な手帳なのです
親方(小島 豊)は 「Sehr gut」 (優秀)と 一番良い評価をしてサインしてくれました
うれしかったです これで 自信を持ってドイツへ帰れます!!
今日は お店を閉めた後 みんなで焼肉やさんで 送別会を開いてくれました
何が一番好き???と シェフィンから数日前に聞かれて 思わず「牛丼 大盛り つゆダク!!」と答えたら 「もうちょっと ましなのを答えたら?? 日本にいた間 ましなものを食べてないみたいじゃない???」と言われたので 「ヤキニク!!」と訂正したのが功を奏したのかな???
ちゃんとしたレストランで食べる焼肉は 「オイシーイ!!!!!」 みんなで一緒に食べるのもうれしい!! だっていつも お昼はバラバラだから・・・おかげでビールが進みました
2005年5月13日 出発
朝6時に シェフィンが アパートまで車で迎えに来てくれました
スーツケースは 23kg、リュックサックが16kgありました
他の荷物は 郵便局で大きなダンボール3個を送っているので 何とか追加料金を払わずに済みそうです
船便で送っても20kgまで1個約8000円ぐらいなので 助かります
特に 灯油ストーブは 簡単で便利なのでアパートで使っていたものを ドイツへ送りました
冬場の外の仕事場で足元を暖めるのに すごく便利なので 絶対持って帰りたかったからです
ドイツでは オイルヒーターがほとんどなので 灯油ストーブなんてめったに売ってないし とても高いのです 愛用した長靴は もうくたびれたので 置いていきます
2005年5月20日 久しぶりの我が家
実家にもどって 1週間になりました 帰国後 友人親戚を呼んで 週末に飲んだビールはなんと120リットルでした もちろん 一人で飲んだわけじゃないですよ!!
18日にあった友人の結婚式は 盛大でした 会社の息子なので 招待客も400人もいてすごかったです
来週から ボッフムにある 屠場に併設された肉の解体工場に1ヶ月勤めます
その後は あちこちの肉屋を訪ねて1~2泊単位で 勉強して回るつもりです
(ドイツでは 宿泊と食事だけを出されて無報酬ですが 勉強のため働くシステムがあります)
8月末からは フランクフルトのハイネ食肉学校に行く予定です
17日に フランクフルトへ 久しぶりに車でアウトバーンを200kmで飛ばして往復しました
ハイネ食肉学校で 説明会があったので行って来たのです
教室の壁面に これまでの歴代の卒業生の写真が貼ってあり その中にシェフの顔(小島豊)が写っていたのを見つけてうれしかったですよ!!僕も もうじき ここに貼られる日を 待っています
ドイツに戻って 本当に僕は 日本にいたときのみんなのことがなつかしくてたまりません
本当に良い人ばかりで みんなのおかげで僕はぜんぜん寂しくなかったし みんなの助けがなかったら僕は1年も日本にいられなかったでしょう
今 もう一度 みんなにありがとうと言いたいです
では また メールで近況報告しますね ホルガー・ラタース
Nach einem langen Flug bin ich wohlbehalten wieder in Deutschland gelandet. Das
wurde mir sofort richtig bewusst, als ich nach der Landung im Frankfurter
Flughafen in den deutschen Gesichtern den sonst von Japanern gewohnten
freundlichen Gesichtsausdruck vermisste. Die Deutschen gucken meisstens aber
auch recht grimmig!
Der "Kulturschock" der Rueckkehr ging dann auch direkt
weiter, und zwar als ich mit dem ersten Deutschen einmal wieder auf deutschem
Boden in Kontakt trat. Es war der Fahrer des Flughafenbusses zwischen Terminal 1
und Terminal 2. Mit meiner in Japan verbesserten Freundlichkeit und in Erwartung
einer selbstverstaendlich angemessenen Antwort fragte ich den Busfahrer, ob er
tatsaechlich zum Terminal 2 fahren wuerde oder ob er ein anderes Ziel hatte.
Seine Antwort war kurz und buendig in harschem Ton: "Steht doch dran". Nunja, er
hatte ja recht; also entschuldigte ich mich fuer meine Frage und begab mich
mitsamt meinem Gepaeck auf die Weiterreise mit Bus und Bahn bis zum Hbf in
Bochum.
Dort wurde ich von meiner Familie und von Freunden mit einem
bemaltem Tuch und natuerlich auch frischem Bier aus der Heimat herzlich
empfangen. Die anschliessende Party dauerte daheim ca.4 Tage und hat uns allen
viel Freude bereitet. Es war ja auch einfach mal wieder schoen, alle an einen
Tisch zu bekommen und nach langer Zeit auch mal wiederzusehen.
Da ich mich
von Japan aus auch schon bei einem deutschen Schlachthof beworben habe, hatte
ich dort dann wenige Tage drauf schon einen Termin fur ein
Vorstellungsgespraech. Wir sind uns dabei recht schnell einig geworden und ich
werde dort am 20. Juni mit meiner Arbeit beginnen. Ausserdem habe ich auch schon
eine Informationsveranstaltung einer Meisterschule in Frankfurt besucht. Es war
ein sehr interessanter Tag und ich fand meine Vermutung bestatigt, dass der von
mir ab Mitte August angestrebte Meisterlehrgang gewiss nicht einfach werden
wird. Ich hatte von dieser Privatschule ja auch im Vorfeld schon von Deutschen
Kollegen gehoert, und auch mein Chef, Herr Kojima, hat auf dieser Schule schon
hervorragende Erfahrungen gemacht. So folgt, dass ich mir zumindest des
Schwierigkeitsgrades jetzt schon einmal bewusst bin. Aber wenn mich da so
richtig hineinkniehe, wird das wohl schon zu schaffen sein.
Zum Schluss
moechte ich noch erwaehnen, dass ich schon jetzt ziemlich viel aus Japan
vermisse. Es sind mir, um nur ein Beispiel zu nennen, viele Menschen in Japan
ans Herz gewachsen, ohne die ich es nicht nur schwerer gehabt haette, sondern
ohne die ich auch einsamer gewesen ware. Ich moechte mich an dieser Stelle noch
einmal herzlich fuer deren Freundlichkeiten bedanken, und ich hoffe auf ein
baldiges Wiedersehen.
Also dankeschoen und mit freundlichem Gruss
Holger Rathers